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素朴な疑問 エスカレーターの右左の疑問を一気に解決


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2020年の東京オリンピックが終わった後、日本経済は急激に落ち込むといわれています。

 

外国人観光客によるインバウンド需要が激減するわけですから、どう考えても想像に難くない理屈だと思われます。

 

しかしそこに一筋の光が・・・。

 

そう、2025年に開催予定の大阪万博です。

 

これまた世界規模で注目を集める催しの誘致に成功したのだ。

 

しかも2025年5月3日(土)~11月3日(月) 185日間もの長期期間で開催されるのだから、予想経済効果2兆円ともいわれ、大きな経済発展の起爆剤になると期待されています。

 

これにより少なくとも2025年まではインバウンドによる日本経済の安定化が期待できるということで、政府関係者は胸を撫で下ろしているに違いない。

 

もっとも、その後の経済危機を憂う2025年問題も浮上していますが。

 

※2025年問題とは、団塊の世代が2025年頃までに後期高齢者(75歳以上)に達する事により、介護・医療費などの社会保障費の急増が懸念されている問題です。

 

☑大阪万博にルーツがあった

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さて、エスカレーターの右左のお話しをするのに何故万博の話題に触れたかというと、

実は1970年に開催された日本万国博覧会(通称:大阪万博)にそのルーツがあるといわれていることに起因しています。

 

具体的には日本万国博覧会運営事務局が右寄りの案内をはじめたのが最初だといわれています。

 

☑想像を超える混雑ぶり

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折しも昭和39年(1964年)の東京オリンピックから数えて6年後の昭和45年(1970年)の博覧会、日本は高度経済成長期をむかえていた。

 

ん?!今は高度経済成長期とは言い難いけど、オリンピックの数年後に万国博覧会って、今回のパターンと似てますね(笑)

 

前年の1969年にはアメリカでは人類が月に降り立ち、そのとき持ち帰った「月の石」がアメリカ館に展示されていたのです。

 

世の中は「遂に人類が月に行く時代が来た!」と大騒ぎし、近未来の訪れを肌で感じる時代でもありました。

 

それにしても1969年製のコンピュータでよくこの壮大なミッションをやり遂げたものだと感心しますね。(笑)

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また、日立やナショナルなど国内有数の企業も次々と魅力的な出展を行い、とても1日では回りきれない程の素晴らしい出店物の数々でした。

 

博覧会開催期間中の3月15日から9月13日の間に訪れた人はのべ約6400万人。

 

日本の人口の2人に1人が見た計算になる、文字どおりのオバケ博覧会でした。

 

そんな大勢の人が大阪の千里という地に集結するわけだから、世界各国からも注目されるこの博覧会は地元警察の威信がかかっていました。

 

「絶対に事故を起こしてはならない」

 

そうはいっても万博閉幕の1週間前、土曜の1日の人出が83万人という、日本一乗降客数の多い新宿駅でさえ78万人ですから、当時駅や会場周辺が如何に混んだかということは想像に難くありません。

 

「安全策として何かルールをつくってはどうだろうか?」

 

☑きっかけは「動く歩道」

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この万博会場、かなり広い開催地をお年寄りでもスイスイと移動できるように考案、またテーマであった「未来」をイメージする移動手段として設置されたのが「動く歩道」。

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赤い部分が動く歩道

今では移動距離の長い東京駅構内の京葉線へ向かう通路や東京ビッグサイトにもこの「動く歩道」は設置されているが、この1970年開催の日本万国博覧会に設置されたのが日本初の「動く歩道」だったのだ。

 

世界が注目するこの万博で警備不行き届きで観客に事故でもあったら大変!

 

そこで事務局はこの「動く歩道」の事故対策として片側を空けるルールを作ったのだ。

 

☑杖を持つ手は右手

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それは「お年寄り」への配慮からでした。

 

歩くのが遅い人=お年寄り という事で、お年寄りが最も安心できるのは杖を持つ「右手」、利き手でしっかりとベルトにつかまってもらうようにする右寄りルールが提案されました。

 

更に当時阪急電鉄では会場会場近くに万国博西口駅という臨時駅を作って対応しましたが、連日の見学者で大混雑。

 

梅田駅では会場へと急ぐ人波で、階段やエスカレーター上は、深刻な将棋倒し事故がいつ起こってもおかしくないという、殺伐とした事態になっていました。

 

そこで阪急電鉄では、駅構内や周辺での重大事故を避けるための一環として、エスカレーターの空け方の案内をはじめました。

 

「急ぐ人は左側を、そうでない方は右側に」と案内したのが、現在広く関西に定着している「エスカレーターの左空け」の黎明だったといわれているのです。

 

大阪の人の親は基本的に万博世代、そんな親から外出の際エスカレーターでは右に寄りなさいといわれている為大阪では左側明けが今も継承されているのだ。

 

ちなみに人はどちらかに寄るとした場合は心臓を守る意味なのかは不明だが、自然と左寄りになるとの事。

 

大阪以外の地域が左寄りになるのはそういう事のようです。

 

はい、これが大阪左側明けの謎の正解!!

 

スッキリした?

 

まとめ

◆きっかけは1970年開催の大阪万博の動く歩道

◆お年寄りが杖を持つ右手にならい右寄りになった

◆大阪梅田駅が駅では最初に導入した

◆ルールなしでは自然と左待ちになる

 

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